感想

書評ブログです

キットチャンネルがガチ炎上の様相を呈してきたので愛を込めて

 

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

 

 

追記です。ことの経緯を簡単に記しておきます。

アンチコメントに物申す動画の後半に、一部視聴者にとってショックな内容があったため批判対象となる→直後発信した水を飲みながらのLIVE動画にて、批判対象となった前回動画の発言についての弁明をしたところ、よけいに批判が増える→コメント欄が騒がしくなる→ブログにて文面で意思表示する→騒動収束(たぶん)

 

 

 

最近、Twitterにおいて広く求めた意見を自著に取り入れる著名人などが増えているらしい。一般ユーザーは自分の意見を取り入れてもらうと傍観者ではいられなくなり、その著名人の書籍が出れば必ず買う。この大SNS時代、そうした「つながり消費」はもはや当たり前のことになりつつある。

キットチャンネルの2人がやろうとしているのはまさにそれっぽい。

「この前のキットチャンネルの動画の企画案、私が出したやつなんだよ!」

「この前の動画のコントの構成、私が作ったの」

「この前の動画のタイトル俺が考えたんだ」

なんて会話があってもいいと思うんです。

日頃より応援してくださる皆さまへ - 元女子、キットチャンネルブログ より引用

 

 

しかし、なんとも釈然としない。なんだかおかしくないか。違和感がすごくないか。 

 

 

先日、かめのつのさんが私のブログエントリを引用してこちらの記事を書いてくださった。(かめのつのさん、め、merci!(;;)まさか人に読んでいただけているとは思わなかったのでそりゃもううれしい(しかも好きなタイプの文章だああ。)のだが、

キットチャンネルの炎上から見る「性を切り売りする」こと、発信すること │ カメのつの

彼らは対等でありたいって言っているから言うけど、「もっと面白い動画が作れるように頑張れよ」っていうことね。色々残念だなって思ったけど、そう思う。

とくに、この部分を拝読し膝を打った。

そう、おもしろく、ないのだ…。

 

で、視聴者に意見や企画案を求めずとも、YouTubeの動画のなかにはお手本となる編集、企画、トークが山ほどあるはずだ。世界中の人が発信している場なのだからお手本だらけのはずだ。(てかUUUMのスタッフの方と軽ーく打ち合わせとかないのかしらね…。ブレストに付き合ってもらうとかさ…。) 

でも、いままでそういう努力をやってみたけどやっぱダメだ、もう、動画の作り方を忘れてしまったみたい。インプットも限界みたい。視聴者の元気玉(企画案とか)が必要みたい…そのほうが特異性のあるチャンネルになると思うの……ってことで、それであの「アンチコメントに物申す」動画を出した…、迷ったんだけど出した…、というのが今回のブログでの彼らの主張である。

 

どんな動画を作っていいのかわからなくなっていました。

 

面白いことがしたい!その為にもまずは自分たちが楽しもう!

そう思っていたのにその自分たちですら楽しめなくなってました。

 

2人で今後どうしていきたいか?と話し合った時に

 

「頑張ってる人の何かのキッカケになりたい」

「一緒にワクワクするようなことをみんなでやりたい」

これが答えでした。

 

その為にも僕たちが嫌われることを恐れたり

好かれる為だけの当たり障りない動画を出してもきっと響かない。

 

まだまだ日は浅いけどYouTubeを今までやってきて思ったこと

本心を動画にして伝えよう。そう思ってあの動画を出しました。

 

嫌われることを恐れずに、本心(=根底に「頑張ってる人のキッカケになりたい」「視聴者みんなとワクワクすることをやりたい」がある)をさらけ出した動画があの「アンチコメントに物申す」動画だったということを主張している。

 

頑張ってる人の一助になりたい、視聴者と共にワクワクすることをやりたいと願うクリエイターが、ファンのコメントに文句をつけるという方法でしか本心をさらけ出せなかったということである。

首を傾げるポイントではあるけれど、まあそこまではまだ分かる。しかし、もし、「コメントに文句をつけるという方法でしか本心をさらけ出せなかった」ならば、このセンテンスは「そのせいで失敗してしまった」または「本心の出し方を間違えて、視聴者を傷つけてしまった」という意味の言葉で結ばれるべきではないだろうか。謝らなくてもいいんだよ、ぜんぜん。ただ認めるくらいのことは、あってもいいとおもふ。

だが英翔氏はさらにこう綴る。

 

自分たちでも痛いほどわかってますが、本当素直すぎる性格だなと

 

思ったことを胸にしまっておくことも出来るのですが

なんか凄く寂しいと思ってしまうというか、

大人とか子どもとか関係なしに言いたいことを言えたらいいのに

もっと思ったことを発信出来る世の中でいいじゃん!

そんな風に思ってしまうんです。

そんな人がいてもいいじゃん。って思ってしまうんです。

 

(相手の気分を害する種類の)本音を話せないのは寂しい」……相手を傷つけても本音をぶつけたいというのは甘えの一種で、「ダメな自分も受け入れて欲しい」というような、なんか深キョン感あふれる愛い感情である。だが、この「ダメな自分も受け入れて欲しい」という切実な願いに彼自身が向き合っていない。かたく蓋をしてしまっている。それでいて「素直すぎる性格」と自らを評価してしまっているため、えげつないほどの矛盾が生じている。

英翔氏の主張を「真摯さに欠ける、虚偽的な主張」というふうに受け取る視聴者がいるのは、この矛盾のためだろう。

 

また、彼がさんざん繰り返している「正解はない」「どちらも正しい」というような紀元前レベルの相対主義的論法も、安いペテン感に拍車をかけている。「相手を傷つけても自分が傷つくつもりはない」という武装がバレバレ増し増しで、もはや一周まわって愛おしくなってくる。弟か。国民の弟かきみは。このこの。

※でも傷ついてるのはわかってるヨ。この武装は役に立たないタイプの武装だからね

 

もっとも、素直というのは他者の意見を聞き入れる柔軟さ、構えのない様子を評するのが一般的である。それなので、「素直すぎる」は誤りであり、正しくは「頑固さモロ出し過ぎる」と言い換えたい。

 

 さらに「僕たちは素直すぎる」の「僕たち」にかなしゃすも入っているというのがもうNOWAY…私のドスケベ人間観察分析クソ根性をくすぐりまくってやまない。もう、えいとはんという遺伝子のヴィークルになっているかなしゃす、まじ東洋形而上学的っす。もう恋はしてないけど、やっぱり好きです。おもんなさがおもろい。愛らぶ。

 

そしてキットチャンネルのはてなブログのコメント欄にも女神様たちが降臨されており、あああー私もコメント欄解放したあい!!!女神たちのコメントほしい!!んきゃーーー!!

でも無理…。だって私こそ素直すぎて、コメントで何か指摘されたら素直(ドM)丸出しで付き随うこと山の如しだもの。はふー

 

寝るり。破綻あるエントリですまぬ。かめのつのさんみたいにカッケー締め方したいんやけどな。

ぷひー

キットチャンネルよ、ふぁいとです。

 

 

追記

・引用したとおり、これからは視聴者に意見を仰ぎつつ(仰ぐというのも厳密には違うが)動画制作するつもりの2人である。それに関してYouTubeとブログのどちらのコメント欄にも、「ネタ提供をした視聴者への見返りはあるか? ないならそれはボランティアでは」といった視聴者からの意見が目立っていた。だがこの場合の視聴者への見返りは金銭やモノではなく、「企画案、構成、タイトルを自分が作った」ということ自体である。対象メディアに自分が関わったということそのものが価値。クラウドファンディングにも似た精神がある(同じではない)が、そういう商売である。おそらく、見返りを用意したとしてもサインとか肩たたき券に留まるだろう。

キットチャンネルは「体験を売る」ことを本格化するつもりなのではないかと私は思う。しかし、ここ数日でチャンネル登録者数は減りつづけている。おそらく、キットチャンネルの提供する新しい体験に価値を見出さなかった視聴者が離れていくのだろう。

 

・このブログを読んでくださっているかた(merci beaucoup(;人;))の中には、キットチャンネルの行動にモヤモヤを感じているかたが少なからずいらっしゃるのではと思う。YouTubeのコメント欄に謝罪動画!と書いているかたもいるかもしれない。ここからは、仮にそういうかたがいたとして・そういうかたに向けて、の私の気持ちになってしまうが、気持ちはわかるけど、YouTubeのコメント欄に謝罪求む系の言葉を書き入れるのはもうやめたほうがいいかと・・・思う。いっこならいいけど、何個もそういう系の言葉がならぶと、ほかのひとに、荒れた場所のような印象を与えてしまう。荒れた場所には「よくないもの」が引き寄せられる。場が荒れているというだけで、無関係な乱暴者がやってくる。そして暴言を吐く。トランスであることそのものについての暴言があるのをみて、私は胸がしめつけられるおもいだった。もし、もし自分の書いたエントリが、そんな暴力的発言を出現させた遠因の一端を担っていたとしたらマジつれぇと思った。私は顔も本名も出してないし、責任も取れない。せいぜい、マジつれぇという気持ちになる程度の、ちっぽけな責任の取り方しかできない。

事態は収束しつつあり、キットチャンネルの方針に同調できる視聴者がたのしくコメントをしている感じもある。コメント欄がそうした雰囲気なら、荒れくれ者もやってこないだろう。