感想

くらげなす漂うアメリカンアパレル

先生、スマホのせいで海外旅行から楽しみが削がれたのですか?

前置きが長すぎてもはやメインなんだけど、

いちおう本題は↓↓ です

 

 

わちゃす。ぷにぷにライターのりょうごくらむだです。

みなさん海外旅行はお好きですか? YouTubeTwitter「海外留学帰りのいけ好かないヤツあるある」みたいなトピックありますよね。

<<<まるでヤングアメリカンみたいになって帰ってきた>>>

とか、

<<<フレンチガールみたいな前髪ありボブになって帰ってきた>>>

とか、

<<<「日本って狭くねー?」って連呼しやがる>>>

とか。

そういう帰国子女未満の友人知人に対してムッキー(><)とかイラッ(><)とかする人も多いみたいですね。

ところで私なんですが、まさしくこの帰国子女未満の女でした。これは私が小学3年生のときのはなしなんですけど、親元を離れてニュージーランドに長期滞在(といっても2週間くらい)しまして、帰国してすぐマウンティングをはじめたように記憶しています。それがすべての始まりだったのかもしれません。というのも私の30歳までにやってきたマウンティングは「どれだけおれは外に出たか!」というふんぞりに終始していたためです。家族の外へ、学校の外へ、社会の外へ、海の外へ。そうした経験がどれだけ辛かったか、どれだけ己を強くしたかを、周囲に直接的にアピールしたかったんやと思われます。

 

大学1年生のときは世界一周した~い♡と思っていましたので、居酒屋のトイレのポスターでおなじみ「ピースボート船旅」に参加すべく活動をはじめました。ピースボートを格安で乗る方法として、ボランティアをやるというものがありました。内職のようなことをして、そのぶん旅行代金が割引されていくというシステムだったんです(当時ね)。が、私はもともと協調性がないくせに、むちゃくちゃ人に合わせられちゃうみたいなふりをすんげぇやるので、いつも通り精神が壊れてしまいまして、ピースボート船旅計画は終了しました。

 

世界一周はあきらめたものの、とにかく海外行きてぇな~っていう気分はそのまま保たれていました。

 

なんかね帰国子女未満の人の調子乗りっぷりを叩くのは俗にいう陰キャの人かな? なにか辛いことがあるのかな? むしゃくしゃするのかな? って想像するんだけど。

だけど本気で「海外行きてぇ~」とか「CAになりてぇ~」とかいう人ほど、じつはぜんぜんキラキラしてないっていうか、朗らかなパリピではぜんぜんないっていうかね、日本でめちゃくちゃ辛いことがあった人なんだよね。すくなくとも私の周りの、CAになった人、海外長期留学人間、絶対に海外で働くという決意をしている人、って、思いつく限り14人くらいいるんだけど(盛った。ほんとは4人)日本でなかなか壮絶な体験をしていて、外へ出たい…という思いが強いんよね。反対に、海外から日本にきた人も、大なり小なり自国で辛いことがあって、その解決策として外国へ出るという選択肢が強く出た人かなと、思うんです。

(まあ辛いことの受容体は人によって個体差あるという前提でね)

 

私も海外にいきたいって思ってたのは、家とか状況から逃げたかったからてのが大きいよ。私のきょうだいなんかそのために子ども時代から1人で海外に住んで、ほんまもんの帰国子女になってしまった。まあそんだけ金銭的に恵まれていたともいえるんだよね。だから、「家庭環境は酷い」だが「お金はまあまあある」場合に、こどもたちは海外に逃げて、帰国子女になって、調子乗ってるって叩かれるのかもしれないなぁ。

「家庭環境が酷い」しかも「お金がない」場合、たとえば逃避の選択肢が万引きとか傷害事件とかになる、そんで少年少女は鑑別所に入って、帰鑑別所子女になって、調子乗ってるって叩かれることもあるのかもしれないよね。

そんなかんじやよ。

 

まあしかし、お金のことでめちゃくそ喜怒哀楽を激しくするタイプの人、多いからなぁ……。差別問題、ヘイト問題、政治問題、すべてにお金事情が絡んでるよね。

「お金もってるくせに!」「ずるい!」ってなる人が多すぎるよ。「お金持ってるくせにずるい」となる人は、お金のことで苦労したのかな。現在裕福な人でも、お金で苦労した経験があるとそうなるのかな…、なんていろいろおもうけどわたしみたいなやつがそういうこと語っちゃいけない気がするから黙る。

 

私は、ふだん、お金のことをあまり考えてない(ご先祖様のおかげ、おじいちゃんおばあちゃんの、お父さんお母さんのおかげです)。税金とかはちゃんと払わなきゃ(めんどくさいけどせっかくそういう仕組みをつくってくれたんやから…)っていうレベルの社会不適合者だからね。

「そんな甘い考えだと、いつか野垂れ死にするよ」って、いろんな人に言われてきた。その人たちは、私に、「いつか野垂れ死にしてくれ頼む」って思ってるんだろうなぁ。野垂れはするけど死なないぞ!

 

しかし社会不適合者なんて、ごろごろいるんやから、社会の方を少しずつ、変えていかんといけないよね。てか、ほっといても社会なんて、変わるからね。むしろ変わらないようにする引き戻しパワーも、必要だからね。

 

 

 

ジャパニーズ庭園飛び石の勢いで、話がぶっとんで、ぜんぜん本題にたどり着かない……。

 

スマホのせいで海外旅行の興は削がれたか問題

 

あのね、2005年くらいにフィリピンにいったんよ。そんときはまだスマホはないし、お金持ってなかったから海外携帯も使えないしでね。なんかすごい原始的気分でフィリピンをもう体中に浴びて、こう、直に、冒険したぁーーーー!って感じのもうもう楽しかったわけよ。

 

で、2009年くらいのパリ、そのあとのイタリア…そのあたりもまだスマホなくて、携帯電話も持ってかなくて、迷子になったり、おかしな景色に出会ったり、新鮮味があって楽しかったわけよ。

 

それからたった10年しかたっていないのに、いまではもうWi-Fiヒャッホーすぎるじゃろ? GoogleマップなんかWi-FiなしでもOK牧場やろ? マップみまくりのすけやで?迷子になんかならへんで? 道なんかさ、現地の人に聞くよりGoogle itやで????現地の人にggrksって言われちゃうのはいややんな?

 

だからさーーーーーおもんないんちゃうか、これ、海外旅行の醍醐味がすりへってへんか。

 

それでなくても、グローバル化で、日本と他国の景色がどんどん似てきてるやん。スタバにマックにザラに…。

しかもYouTubeでほとんどの国の映像を見ることができて、VLOGで旅の追体験までできて、

っていうか旅番組を見ないと旅に行く気も起きないんやろおまえら。

何食べたいか、どこ行きたいか、ぜんぶテレビとYouTubeで決めてんだろ。

おまえらの身体感覚も知覚も理性ももうまともには働かないんだよ。Google様のサジェストなしではもう濡れねえんだよ!!!!

 

みたいな感じやん。

 

思うやん。

 

でもこれ、スマホ以前から、グローバリゼーション以前から、そうだったみたいなんよね。

 

現代の旅人は、彼が自覚しているよりももっと少ししか脅威を感じなくなっている。行き先とコースを決める時、まず到着の日をいつにするか、機械文明のどんなリズムのもので進入するかなどを、他のものと引き比べて選ぶ自由を人は享受するのである。
異国情緒の探求は、分かりきった一つの展開の、前の段階や後の段階の、あれこれの取り集めに過ぎないことになってしまう。
旅人は、作品が手に入らないので黒人芸術のギャラリーを止めた骨董屋のようなものだ。自分の国のがらくた市を廻っては値切って買い入れた、陳腐な土産物を商うことに鞍替えしたのである。

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』中央公論新社 より抜粋)

 

1930年代のブラジル旅行について書かれた『悲しき熱帯』だが、原著の刊行自体も65年以上前のことである。だから、そのころからもう海外旅行=異国情緒の探求ははなくそみたいになってしまっていたわけだ。

 

では海外旅行がはなくそじゃなかった時代っていつよ?

白人的には1434年、ポルトガル☆ピーポーが船にのってボジャドール岬を越え、陸地で人とラクダの足跡を発見したときにスタートしたのだとおもふ。そっからどんどこ進んでいくからね、インド洋のほうまできて日本にまでやってきて…。まちがいなく、海外での冒険、て感じの雰囲気だったと思うわ。大航海時代のはじまり、ワンピースのモデルになった時代やと思うわ知らんけど。

 

日本人と中国人の話になってくるとまたわかんないね、だってもうあれよ、古事記とか魏志倭人伝とかのレベルになってくるから………。

 

だけど、そのころの海外への渡航っておもに貿易とかぶっころしとかのためだったんじゃん。つまりさ、「海外旅行」って言葉ができた時点ではもう海外旅行ははなくそだったのかもしれん。

 

嗚呼なんたることや~。

 

 

ちなみにタイトルにある先生はレヴィ=ストロース先生のことやで。

 

 

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)