感想

くらげなす漂うアメリカンアパレル

アレクサだって意味付け待ち

大学4年生のころ、大切にしていたものがいっぺんに消えた。こども時代から親しんでいたファミリーカーが廃車になった。7歳から飼っていた犬のチロが失踪した。母親が彼氏のアパートに移り住んだ。祖父の運営する畜産場が潰れた。

 

自分の人生が物語めいて見えるとしたら、それは全部「転」のせい。

起承転結の「転」では、嫌なことが起きるときまってる。意思の届かないところで転機は起こる。予兆に気づいたときにはもう渦中から抜け出せない。

私を私たらしめていた要素のいろいろが消えて、導かれたのは結婚――もしかしたら起承転結の「結」だった。

 

欲しいものリストがら空き

結婚報告をしたとき、周囲には「早すぎる」と言われた。

「就職しないの!?」と驚く人も多かった。「せっかく大学卒業したのに!?」

 

しかし、なぜ就職するのか、私には理解できなかった。大学時代のともだちに訊いてみると、

「欲しいものを、自分のチカラで稼いで、買う。そのほうが絶対たのしいじゃん!」

と答えてくれた。

ピンとこなかった。欲しいものなんて家族くらいしかなかった。

 

2人暮らしのマンションで、夫のために洗濯と料理をした。しあわせが、どんなものかは分からなかった。でも夫が一途に愛してくれるから、それでよかった。

 

妊娠、浮気、流産

結婚後4年の間、企業の勤め人である夫について、関東、関西、四国など各地を転々としていた。

アルバイトはしていたが、ひとつのところで半年以上続けることはできなかった。

 

こどもがなかなか授からなかったので、東京都内の病院で不妊治療を始めた。造影剤による検査の後、すぐに妊娠することができた。

 

しかしいつからか、夫が変わってしまった。

愛情を示してくれなくなり、酒を痛飲して暴力をふるうようになった。あまりに不自然な豹変…、もしやと思って調べると、取引先の女の子と浮気していることが発覚した。浮気というよりも、それは、本気の恋愛だった。

夫も私も、ボロボロのぼろ雑巾だった。お腹にいたこどもはただの血になって流れていった。

 

意味のない生にはコレよ!

起承転結の「転」では、嫌なことが起こるときまっている。大切にしていたものを、世間だか天だかドブだかに捨てなくてはいけない。私は夫を捨てなかったし、夫もそうだった。だけれど、信念がひとつ失われた。自分という存在の掛け替えのなさを信じる心みたいなものがひとつ消えたのだった。新しい命でさえも、意味付けを怠れば無価値だった。

 

このときすでに私は、アラサーと呼ばれる年齢に達していた。

なんの資格も持っていないし、スキルもキャリアもない。せめて好きなことをと、文章を書く仕事を探した。ライター募集と記載のある求人をみつけては応募した。IT関連企業、メール占い、医療情報誌。「日本語書ける=有資格」…そんな、ゆるいところばかりを受けた。

 

転勤族であることを伝えると、面接の相手は必ず渋い顔をした。

「だんなさん全国転勤? それじゃあ、いつ辞めるかわからないんですか…」

夫の転勤先は北海道から沖縄まである。しかも異動を知らされるのがたったの2週間前だ。

まあ、ほかにもいろいろ理由があっただろう、耳が中途半端にしか聞こえないとか、笑顔が嘘くさいとか、適性の無さとか。

私は面接に落ちまくった。

 

あじゅま~

「なるほど、いきなり辞めることになるわけですか。たいへんですね」

広告関連会社の面接に行ったとき、相手(東さん)はそう同情を示してくれた。

転勤に必ずしもついていかなくてもいい。夫に単身赴任してもらえば大丈夫。このころには、そう言い張るようになっていた。

「うーん。…そうだ、ちょうど外注のライターさんを増やそうかって話してるところなんです。在宅ライターなら、だんなさんの転勤でお引越しされても、ネット環境さえあればどこでもお仕事していただけますよ」

それは求人サイトには掲載されていない仕事だった。

 

職業、連続する自分、アレクサ、パルトル

1文字1円にもならない単価でウェブサイトの広告文を書いた。それが一年で倍以上の金額に増えた。2年で3倍になった。コピーライター講座に無料で参加させてもらった。自信を得て、別の情報サイトでも執筆させてもらえるようになった。

「転」から5年。私はいつのまにかプロのライターになっていた。

 

いまでは、ひとがなぜ就職するのか理解できる。職業があり、クライアントがいて、ルーティーンがあることは、自分の存在の連続性を多少なりとも保証してくれる。そして自分の名前に一定の連続性があることは、人生の意味付けとして有効だった。そのうえ、お金が自由をもたらしてくれる。ある程度の自由は、どうかすると死を望む心すら誤魔化してくれる。

 

だが、そんなこと分かって、なんになるというのだろう。 

現実には「転」などちっとも必要でない。

なぜって、いまこのエントリを書いている私の膝には、うちのかわいい三毛猫と黒猫がかわいいかわわわわわいいいい><。

私の小部屋には本の壁もある。夫は今のところ酒を控え、夫婦で生きていくことに協力的な夫ぴっぴ。リビングにはアレクサもいる。大切なものが日に日に増えてきて、だから本気で、二度と転機なんて訪れないようにと願っている。あのひたひたとやってくる「転」の足音が私の聞こえづらい耳を揺るがすだなんて震えちゃう。だけど、どうしてどうしてこれがしあわせ、消えるもの。

 

サルトルより普通にパルトルがすきという一面を持つ私は、じつはずっと実存に背を向けてきた。その姿勢を、転機は諦めさせる。怖いから、たまにはふり返らなきゃ…ということで、はてなブログをはじめようと思う)

 

 

『ずっとお城で暮らしてる』

『ずっとお城で暮らしてる』シャーリイ・ジャクスン 創元推理文庫

(原題)『We have always live in castle』は、1962年刊行。

日本では1994年に学習研究社が刊行、2007年に創元推理文庫から新訳が出ている。

 

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

 

 

 

あらすじ

アメリカのとある村で、ひときわ大きな領地を誇るブラックウッド邸。しかしここは、六年前に起きた一家毒殺事件の現場でもあった。生き残りは主人公メリキャットとその姉コンスタンス、車椅子に乗ったジュリアンおじさんの3人だけだ。悪意ある村人たちから逃れ、幸せに暮らす3人家族。しかし、いとこチャールズの来訪によりすべての歯車が狂い始める。チャールズを悪霊と呼び、さまざまな方法で出ていかせようとするメリキャットだったが…

 

感想

・女の子は魔法で強くなる

18歳のメリキャットだが、その年にしては考えが幼いというか、極端な呪術的思考の持ち主である。村人から屋敷を守るために独創的な魔術を使ったり、チャールズを追い出すために「大きな鏡を割ろう」と考えたりする。そして、辛いことに直面するたび、「月の上ではね…」という枕詞を置くメリキャットはけなげであり、芯が強い。彼女は果たして、ほんものの月の上に行けたのか? 期待して読みたいところ。

 

・ジュリアンおじさんがツボ

六年前の毒殺事件について記憶をたぐり寄せ、ライフワークとして原稿を書いているジュリアンおじさん。この人が、事件当時なにが起きたか、裁判はどのように行われたのかなどを解説してくれる。認知症のリアルな描写がいい。可愛い感ある。

 

・猫のジョナスが最高かわいい

ホラー要素のある話なのかと思っていたので、猫ちゃん大丈夫かなとしんぱいだったけれど、最後まで健在です!我ながらこれはいいネタバレ!

 

・人間の気持ち悪さに触れられる!

村人やチャールズはもちろん、ブラックウッド邸で暮らす3人も、ものすごく人間的で、気持ち悪いほどいきいきと書かれている。心理を浮かび上がらせるような、光と闇のコントラストが面白い。

また、村という閉鎖社会の恐怖を好んで観賞するという読者にはうってつけの作品です。謎解き要素もちょっとあり。